いつもと違う夏って?

個人レベルで考えれば ・・・
「いつもと違う夏」を 経験したことは 多くの人にあること思います

春の終わり 大きな病気が見つかり 手術・闘病・リハビリだけで過ぎていった夏

夏のはじめに 8年付き合ってきた恋人と離れ これ以上ないほど落ちていった夏

突然の事故で 大切な人を亡くし ただ立ち尽くすだけで何もできなくなってしまった夏

はじめて親になり 子どもの寝顔と泣き声を 愛おしく思い続けた夏

夏のバカンスで恋人と喧嘩して そのまま結婚式も取りやめ 職場も生活も一変した夏

当たり前に居た姉が結婚し ずっと二人で使ってた子ども部屋が広すぎると感じた夏

彼氏居ない歴29年 はじめてできた彼氏と夢のような時間を過ごした夏

未曾有の自然災害にみまわれ 避難と片付けだけで 泣くことも忘れていた夏

受験勉強だけに明け暮れ ずっと苛立っていただけの高3の夏

個人レベルで考えれば 歴史上存在した人の数ほど いつもと違う時間を過ごしたという経験は持っていると思います

なぜ 自分だけが こんなに ・・・ という 経験です

ただ 新型コロナの問題は なぜ自分だけが ではなく 全員が同じ基準で我慢を強いられている
それも 特に 風物詩の多い夏という季節を迎え 夏休みから子どもたちの歓声が消え 総体や甲子園は中止 花火大会やお祭りも お盆の帰省も 夏の旅行も 何もない 
さらに 日本だけでなく 世界中で 移動が怖いという 何もかも我慢だけといういつもとは違う夏

現代人がはじめて経験する逃げ場も発散もできない新種のストレスは 健康や経済へのダメージだけでなく 
大人に与える心的不安は 甚大なものとなってきています
そして この新型ストレスは 子どもの脳の成長にも大きなダメージを与えていきそうです

感染が広がる不安 や 経済・流通が滞ることの影響ばかりが クローズアップされがちですが
子どもを取り巻く影響は 授業の遅れやスポーツ・文化の大会の中止による心(精神)への影響だけではなく 
これまでに培われた日常生活とそのリズムをズタズタに壊されていく心(脳)へのダメージについて 真剣に受け止め考えていく必要があると思います

人間の脳は 終わりが示されること 区切りがあることで 頑張れる、我慢できる、やり通せる、といった力を持ちます

終息の予測が年単位ででしか示されない「いつもと違う夏」 これが 来年も続けば「去年と同じ夏」となりましょうし さらに続けば「例年どおりの夏」 つまり 今までの当たり前が ぜ~んぶなくなり 甲子園も高校総体も プロスポーツも 地元の夏祭りも 花火大会も 旅行も帰省もな~んにもない夏となり さらに 春も秋も冬も ほとんどの風物詩が消えていくことになるのでしょうね

「終わりの始まり」に 突入した瞬間に 立ち会う役を 今の世代は 担わされたのかもしれません

こんなときでさえ 政治の世界、行政の世界は 未だに 既得権益を守る発想からしか 提案ひとつできないという 限りなく情けないことだと思いませんか 私は思います

ニュージーランドや北欧がうらやましいというより 自分で考えることをしなくなった国 その根本は どこにあるのでしょう

いつもと違う夏 日本の本音はどこにあり 誰の本音が この国を動かしているのか その動かし方は 適切な導きになっているのか 国民が 見極める夏にしてみることを提案してみたいな
と思ったりしています 2020.8.9 日曜日 カウンセリングの合間に書きました

昨日は 立秋 あしたは スヌーピーのお誕生日♬ 私には いつもと変わらない夏があるように 一瞬だけ そんな気がしました