それぞれの気持ち-③

(つづきです)

「それ 勘違いじゃないですよ」

「・・・えっ?・・・」

「本来、普通科の高校って 将来どんな人間になりたいかとか どんな職に就きたいかとか そのためにはどんな勉強を どれくらいしておけばいいのかとか

それを考える生徒の機会を 計画的に設けているはずです 特に大学進学に特化した高校なら そのための研究丁寧にしているはずです
だから それがなくて いきなり言われたことは Aさんの勘違いでもなんでもありません」

「でも!・・・」

「でも 何ですか?」


「この1年間、いやそれ以上かな 進路について個人で話し合える機会どころか 私の気持ちを聞いてくれる機会もなく あったと言えば 先輩の話を聞くとか 職業について調べたり聞いたりする学習くらいで・・・結局 一緒に考えてくれる大人は高校の中にはいない  だいたい 小学校でも 中学校でも 自分の将来について見つめる学習もシビアなものはしてないというか 幼すぎてできないのだから そこは 高校にいけばそんな機会がたくさんあるんだろうと勝手に思ってた

それな入学したばかりの私に『志望校・学部を書きなさい』とか あんまりじゃない?  結局 何もわからない 何も決められない そして 決められないままに2年生に なってしまった」

「〇〇高校は Aさんみたいな生徒がいることを 知らないのでしょうか? それとも 進路は自分で決めるもの!で 押し通しているのでしょうか? いずれにしても 情報が少なすぎて Aさんは困っているのだから 少しずつ整理していきましょう  時間はまだ1年もありますから大丈夫です ついでに 勉強の仕方もわかれば 特に困ることはなくなると思いますよ」

初めての来談記録には そんなやり取りが ぎっしりと 残っています
来談初日の最後のところには

「なりたいものがわからない 何を学びたいのかもわからない 本当に何も浮かばない 何にもわからない・・・」
カウンセリングを通して 彼女には感情失禁反応が観られ どれほど精神的に追い詰められていたか とても伝わってくる そんな出会いとなりました


その日から2週間後の土曜日 夕方「塾を早めに切り上げてきました~♪」と入ってきた彼女には 余裕のある笑顔があり 少し驚きました

「何かありましたか? 今日は笑顔ですね」

「何にもないよ でも この前 ここで話して たくさん聞いてもらって たくさん泣いたら どうでもよくなった 全部が ふっきれた!」

「どうでもよくなった? ふっきれた? 何がですか?」

「だって 先生 言ってたじゃん! そのことを思い出しながら考えてみた」

「高校とか 先生が言うことは 結局『私個人』に向けられて話されてることじゃないんだから 今は 進路に関する話しや調査はスルーすることにした そうしたらだいぶ 楽になった」

「それは よかった そもそも宮崎大学には文学部はないのだから せっかく捻り出して書いたにもかかわらず ふざけるな!とか そんな意識で うちに入学してもらっちゃ困る!くらい勢い・叱咤だったんでしょうね・・・」

「うん 入学したばかりの私を あんな大声で叱咤するくらいだから  私が思い描いていたのとは違うって今は納得できたし 将来を考えるヒントが見つかるところじゃなかったんだろうなって納得できた・・・だから あの日 先生が私に言ってくれたみたいに『進学用高校塾』って思うようにした」
「だいたいね うちらの先生がよく話すことが 私には全然 納得できないのね・・・先生は どう思う? 
例えば・・・超難関大学を目指すことで勉強に身が入る 学力が上がる 実力がつく そうすると 高い志を持ってることが 点数を上げることにつながる つまり合格できる大学の幅も広がる! だいたいそんなことを ごにょごにょ と 何回も何回も 聞かされるんだけど これって 本当なの かなぁ? 私は どんどん 混乱してしまうんだけど・・・」

「志を持つことと 超難関大学を目指すってことが 同じお皿に乗ってること自体 とても不思議な話ですね・・・そもそも超難関大学って どんな大学を指してるのかな?  そもそも 人の心はそんなに単純じゃないし 世の中の仕組みだって そんなに単純じゃないよ  だから Aさんが混乱するのも 当然だと思います」

「どういう意味ですか・・・?」

「そもそも論なんだけどね 人間のやる気には ドーパミンという脳内物質が強く関係してます  確かに 志のある人は ドーパミンがたくさん出ますが ただただ入るのが難しいとされている大学を目指すと決めるだけでは ドーパミンは出ません


仮に 高校が言う超難関大学っていうのが 合格までが難関(倍率や受験科目数や二次試験の配分や必要な得点)ってことを意味してるとしましょうか。。。
そこを 目指すというだけでドーパミンが出るタイプの脳を持つ人も 全然 いなくはないだろうけど それは かなり少数であって 多くの場合は 合格見込みまでの距離があればある人ほど ドーパミンは出にくくなります ですから 逆に成績は落ちますし 下手をすると志さえも見えなくなる ってケースの方が 断然 多いと思います っていう意味です」


「例えばアイドル目指している人っていますよね その人たちはいろんなレッスンを受けます  寝食を忘れるくらい努力します  ダンスや発声の練習に自分から取り組むことができます・・・ドーパミンが出ているからです・・・
それは 入るのが難しいと言われる  オーディションに受かるのが難しい 倍率も高いアイドルグループを目指そうとするから ドーパミンが出るわけではありません  人それぞれ目指すところは違うはずでしょ? ダンス系のパフォーマンスグループに入りたいとか アルファベット3文字系のアイドルグループ系に入りたいとか 〇〇坂系のグループを目指しているとか   つまりね 目標(志)の定まり方が 強ければ強いほど ドーパミンは出やすくなります だから 目標に集中できるということで これらは 脳科学のデータからも はっきり言えます


倍率の高いところならどこでもいい TV出演が多いところならどこでもいいというタイプの人よりも 具体的な目標が定まっていて そこに入りたい理由や 目指すアイドル像が明確な人が それが具体的であればあるほど ドーパミンは出ます♪


それなら 大学も同じでしょう 難易度よりも 自分が何を学びたいか  そしてどのように 学びたいか それが 大切になるのは どの社会でも同じです


やみくもにハードルを上げたところで そこまでの距離が遠ければ遠いほど ドーパミンどころか ノルアドレナリンが出やすくなってしまうことだってあります」

「ノルアドレナリンって?」

「苛々物質 緊張物質 あれこれ気になって落ち着かないわ!物質です」   

「わかる~♫」

「自分が何者なのか 何がしたくて 何に向いていて どんな学問に取り組んだらドーパミンが出て その先には どんな職を目指せて 今は 何にもないというAさんがやることは そっちが先だと私は思います

そうすれば 受験用勉強にも 自然と熱が入るようになる 目標のない受験生こそ自分を見つめることが 大切だと思います」

「なんか ますます 楽になってきた 私 高校に 何を期待してたんだろう?」

「一応 お伝えしておきますけど Aさんの高校みたいなのが全部の高校ではありません  徹底した進路指導と文系や理系の違いをわかるように話してくれる 学部や学科別に学べることの一覧表を貰える そして そこからどんな仕事につながる可能性があるのか  さらに 大学別の個別の情報などの提供が 充実している高校もあります」

「うそ?」

「本当です 高校が 全部同じではありません 本当の意味で個々の生徒に寄り添って 共に考えてくれる それができるだけの情報量も技量もある高校だって あります」

「・・・・・・・」


「じゃあ はじめましょう 前回 お渡しした課題プリント埋めてきましたか?」

「うん なんとなく書いてみた」

前回 終わる前に 脳科学シート(自己理解用)を渡していました 

埋まってないところ(考えたけどわからなかったところ)は 二人で 楽しい問答を 繰り返しながら 一緒に書き込んでいきました

それを 1枚ずつ持った上で いよいよ自分が何者で 何に興味や関心があり そのことに対してはどうアプローチするのが好きで でも 好きと合ってるは違うところも結構あって・・・などなど どんどん 彼女自身による彼女自身の自己分析の時間が続きました

Aさんとの心の距離は この作業を通して 少しずつ少しずつ 埋めることができたと思います

また この作業を続ける中で Aさんにも新しい気づきがありましたし 私も Aさんのものの見方や考え方だけでなく 見え方や感じ方 さらに 彼女が 物事を観るときの捉え方の癖とか 特徴みたいなものも 少しずつわかっていったように思います

来談記録には その頃のやり取りが ぎっしり書かれています


当時 彼女には 友だちと思える人が居ませんでした
そもそも一人が好きな人でした
来談するようになるまでの彼女は 一人で居ることは 独りであるという 変な文化に苦しめられていました
その上 人の話しを 適当に聞き流すということが 苦手でした

彼女の心の中の根詰まりは「難関であればあるほど高い志である」という大嘘と
本当は 一人が落ち着くということが 言い出しにくい 学校文化にも あったかもしれません


(つづく)